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紀三井寺

和歌山の紀三井寺と、和歌浦のあたりを散歩してきました。

「笈の小文」に登場するあたりなので、いずれ訪れたいなあと思っていたのですが、桜が満開に近いと聞いて浮き足立って急いで行きました。この浮かれた気分も春らしくて良いですね。


駅降りるなり山のあちこちで桜が咲いてるのが見えて嬉しい。今住んでる地域は山も遠いので、遠出しに来た感じがして良かったです。

境内はわりと人が多かったのでほどほどに楽しみつつ、裏通りに…
電球?が設置してありなんか可愛い。
芭蕉像のある横道は表参道ではなく、人が全然いなかったのでゆっくり歩いてきた。

カフェで休憩した後、まだ余力があったので和歌浦へ。
細長い湾になっていてあまり海らしい写真が撮れなかったので、由緒ある三断橋を見てください…。
マジで詳しくないので雰囲気で句を鑑賞しているのですが、
和歌浦は、笈の小文には
「行く春にわかの浦にて追付きたり」
の一句があって、他に紀行文らしい記述はないので詳しい旅程などはわからないっぽいです。
紀三井寺も、行ったということだけわかるらしい。

持ってる本には「行く春」の季語には「艶冶な気分や哀感が伴う」とあったので、本来別離とか哀しげな(それこそ「鳥啼き魚の…」みたいな)場面に使われるのだろうけど、ここでは海の見えるところに出られて、間に合った!まだ春だ!ていう解放感を感じますね。

感想として合ってるのかわからないのですが、この旅に随行した杜国が、蟄居中で本来は会いにくい人だったかもしれないことと重なって、なんか、その解放感とか嬉しさも簡単には手に入らないのだという、刹那的なあれが含まれてるのかもしれんな〜〜〜と思いました。
ほんとか?
帰りは南海特急で窓に張り付きながら帰りました。ときどきすごく海に接近するのでめちゃくちゃ良い。

途中、和歌山大駅で花束とスーツケースを抱えた大学生たちが乗ってきて、「行く春だ……」と思いました。



おわりです。